立春
Eighth Dishもてなしに和らぎ、美に寛ぐ
(後編)
もてなしに和らぎ、
美に寛ぐ
(後編)
「洛中室町通三条上ル」という京都でも屈指のアドレスに佇む「THE HIRAMATSU 京都」。前回の工房編に続き、「中村外二工務店」三代目の中村 公治(なかむら こうじ)さんと吉田 宏(よしだ ひろし)さんのお二人に、あらためてホテルのなかをご案内いただきました。建築としての魅力はもちろん、住まいとホテルという用途の違いに向き合いながら、どのように心地よさが組み立てられていったのか。そこには、シークレットコードとも呼ぶべき職人の知恵と、奥ゆかしいおもてなしの心が、静かに息づいていました。
風と光を取り込む
そして走り庭を抜けて館内の奥へと進んだ先に現れるのが、「光の庭」です。松を配した「風の庭」が永遠性や静寂を感じさせる空間だとすれば、こちらは上部から落ちる光を主役に据えた、縦の構成が印象的な庭。四方を建築に囲まれた敷地条件のなかで、あえて高さを強調することで、実際の広さ以上の開放感を生み出しています。竹の密度も均一ではなく、場所ごとに疎密をつけることで抑揚が生まれ、時間帯や天候によって光の入り方が微妙に変化するように設計されています。朝にはやわらかな光が差し込み、夜には照明によって竹の影が蔵の壁面に浮かび上がる。視覚的なリズムを与えながら、どこか静謐な印象を与える景色です。庭を「眺める対象」としてではなく室内の延長として取り込み、光そのものを空間の構成要素とする。その姿勢にもまた、中村外二工務店が大切にしてきた数寄屋建築の思想が息づいています。



建物も庭も丁寧に手入れされ、使い込まれていくことで魅力を増していく。/重厚さと軽快さが同居するバランス感覚は見事。/ふとした景色にも時間の流れを感じる。
渡り六分に景四分
茶庭(露地)作りにおいて、千利休は歩きやすさ(実用・渡り)を6割、見栄え(景観・景)を4割の比重にする「渡り六分に景四分」と説きました。この考え方はホテルのエレベーター前に敷かれた飛び石にも表現されており、歩きやすさやゾーニングの実用面と「光の庭」とのバランスが空間のアクセントになっています。足下には修学院離宮「隣雲亭」の三和土(たたき)で見られる技法「一二三石(ひふみいし)」もあしらわれ、無意識に歩調のリズムが整う仕掛け。ホテルという不特定多数が使う場所だからこそ、茶庭の思想がより現代的に機能しています。エレベーターをおりた中村さんは「この障子には茶室等に見られる継ぎ張りの技法を取り入れ、数寄屋を表現したのでしょう」と、義明さんの心遣いに思いを馳せます。



ゲストに気付かせない心配りが随所にちりばめられている。/障子の貼り方ひとつとっても、心地良さに繋がる配慮がある。/独特の居心地の良さは、緻密に設計されたものだった。
本物に囲まれて寛ぐ贅沢
上階の客室へ向かうと、ほどよい“おこもり感”に包まれます。「いずれの客室もドアを開けてすぐに寝室が見えるようなことはなく、この空間的な奥行きには日本らしい“間の美学”を感じさせる」と、中村さんは説明します。客室によっては坪庭があしらわれ、控えめな緑と外光によって、ここが地上階であるような落ち着きを与えるから不思議です。たっぷりとしたゆとりある空間に、ちょっとした段差を作ることで縁側に見立て、テレビや配線など生活感を感じる要素を巧みに隠す。素材の選び方も過度に主張せず、それでいて気品に満ちているため、凜とした雰囲気と大人っぽい寛ぎが融和しているのが印象的です。鉛を用いた壁や引きずり仕上げの土壁、内張の障子など、建具や調度品の繊細な表情とヒューマンスケールのもてなしが細部まで行き渡ります。庭で感じた風や光の記憶を抱えたまま、静かに寛ぐ。その連続性こそが、この宿のいちばん贅沢な体験なのかもしれません。




客室によっては坪庭に辻村 史郎氏の作品がさりげなく置かれる。/わずかな段差で縁側に見立てる。/「スタッコ仕上げ」の繊細な表情が柔らかな光を室内に引き込む。/普段は客室を訪れる機会が少ない料理長たちも丁寧な解説に頷く。
ホテルとは、滞在する器である
廊下や蔵などの共有スペースも含め、改めて館内を歩いていると空間のすみずみに町家として使われてきた時間の流れが積層されていることに気づきます。廊下を歩けばふと、視線の先に本瓦葺きの屋根が現れたり、庭の緑が切り取られるように見えたり。屋内にいながらも外の気配が常に寄り添うのは、実に京都らしい和らぎといえます。空間に置かれた調度品もまた特徴的で、清朝時代の箪笥や洛中洛外図の屏風など、時代も文化も異なる品々が過度に主張することなく空間に溶け込んでいます。かつて呉服商の反物などを収めていた蔵は、重厚な佇まいをそのまま残しつつ、いまではラウンジや個室として静かに機能しており、滞在のバリエーションに応えます。建物、庭、調度品がそれぞれ語りすぎず、背景に馴染んだ存在としてそこに在る。営みの痕跡のなかで過ごす時間は、京都という土地の記憶に触れるかのようです。



改めて細部まで目を凝らしてみると、趣向が凝らされていて興味深い。/現代では貴重な本瓦葺きの屋根。まるで一幅の絵画のような景色。/館内の調度品が空間を格調高いものにしている。
ひとさらの文脈
今回、工房からホテルまで丁寧に中村外二工務店の仕事を教えていただく機会に恵まれ、実に贅沢なひとときになりました。これまで何度も訪れていた空間に秘められた技や想いを知るにつれ、「日本人は何を美しいと感じ、何を心地よいと感じるのか」というアイデンティティにも通ずる思索に耽ることができました。それは、控えていながらも全力で相手に思いを馳せること。ホテルとは旅を彩る器であり、料理もまた、会話と時間を引き立てる器なのです。そのために悟られずに感じさせる技や工夫を随所にちりばめ、相手がいることによって初めて完成する。「THE HIRAMATSU 京都」での滞在で感じるホテルと宿の間(あわい)のような心地よさは、まさに「主客一如(主人と客が一体となる様)」の考え方にあったようです。世俗を離れてゆったりと自然や自分と向き合う。京都でそんな旅がしたくなる体験でした。
読むひらまつ。編集部 飯田健太郎



コーア・クリントの「レッドチェア」が映える「割烹 いずみ」のカウンター。
シンプルなひと皿に自信が漲る。
素材の味を活かしきったひと皿に「旨い」と、ひとこと。
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