立春
Seventh Dishもてなしに和らぎ、美に寛ぐ
(前編)
もてなしに和らぎ、美に寛ぐ
(前編)
築120年の京町家をホテルへと再構築した「THE HIRAMATSU 京都」。江戸時代の呉服商が商いと暮らしを営んだこの場所には、いまも京都らしいもてなしと和らぎが息づいています。内部空間と庭を監修したのが日本を代表する数寄屋建築の名工「中村外二工務店」。
「THE HIRAMATSU 京都」の料理人たちとともに工房を訪ね、数寄屋建築の技や知恵、そしてその根底に流れる日本人の美意識について話を伺いました。
日本の精神性が詰まった建築
中村外二工務店は、1931年に初代・中村 外二(なかむら そとじ)さんによって京都に創業された数寄屋建築の工房です。茶室や料亭、邸宅など、日本の暮らしと美意識が凝縮された空間を数多く手がけ、その名は広く知られるようになりました。二代目の義明(よしあき)さんの代には1970年の大阪万博を皮切りに、京都迎賓館をはじめとする国家的プロジェクトや、「俵屋」などの老舗旅館、「和久傳」といった料亭建築を担い、数寄屋建築を現代に開く存在として高く評価されます。現在は三代目の公治(こうじ)さんがその意志を継ぎ、伝統的な技と思想を礎にしながら、新たな領域での挑戦も続けています。完成した瞬間を頂点とする建築ではなく、時を重ねるほどに味わいを深めていく日本的な建築。その在り方について公治さんに尋ねると「『建てて半分、育てて半分』と教わってきましたが、それは詰まるところ相手の未来までよく考えるということ。器のような建築を仕立てることが日本的な建築だと思います」と、話します。今回は三代目代表の中村 公治さんと設計工事部 部長の吉田 宏(よしだ ひろし)さんのお二人にご案内いただきます。



大工の新しい可能性に挑戦し続ける中村 公治さん。/「THE HIRAMATSU 京都」の開業時のエピソードをよく知る吉田 宏さん。/工房に飾られる中村 外二さんの写真に背筋が伸びる。
大徳寺の門前に構える工房
中村外二工務店は、京都市内から車で北へ向かった大徳寺のすぐそばに構えています。「THE HIRAMATSU 京都」の料理人たちと伺うと、工房のなかでは20代の若手から70代のベテランまで、職人たちが黙々と手を動かしていました。数寄屋建築に欠かせない北山丸太や樹齢を重ねた一枚板などの希少な木材が整然と並び、カンナやノミの音が響きます。一流の技を見て、「さまざまな素材を組み合わせながら、ひとつの世界を生み出すという点は料理にも通じますね」と、「リストランテ ラ・ルーチェ」の料理長、筒井 崇海(つつい たかうみ)の眼差しも真剣です。
北山丸太を床柱としてではなく、垂木や梁として使うのも中村流。太さや曲がり具合、節の表情と向き合いながらどの空間のどの場所にふさわしいかを見極めていきます。「設計図ができてから材料探しをするようでは、良いものはできない」という外二さんの言葉を受け継ぎ、資材置き場の自社倉庫は京都市を中心に7箇所、計二千坪にのぼるというから驚きです。用途が決まらないまま何年も大切に保管されているものも多く、希少な素材は時が経つにつれてますます価値が高まっています。



丸太同士を交差させる「捻じ組み」。自然な仕上がりに見せる工夫と技術に驚く。/釘などを使わず、ホゾや継ぎ手といった技術で家具や照明を組み上げる指物師。/若く見えても技術と仕事に向き合う姿勢は一流だ。
京都と共鳴する北欧家具
そして、中村外二工務店の空間づくりを語るうえで欠かせないのが、数寄屋建築と北欧家具の共存です。フィン・ユールやハンス・J・ウェグナーなど、良い木材と丁寧な仕事の組み合わせによって成立する繊細なデザインは、使いこむほどに魅力が育つ数寄屋建築によく似合います。最近では和洋折衷の見本として和室と北欧家具の組み合わせが取り上げられることも増えていますが、40年前に確立されたスタイルはそのルーツともいえる存在。1984年、二代目の義明さんは敷地内に「興石(KOHSEKI)」という別会社を設立し、家具や照明、調度品を自らの眼で選び、在庫として豊富に揃えるようになりました。指物(さしもの)部では三代目の公治さんが主導してオリジナルのランプなども手掛けており、茶室や料亭にも相応しい繊細な佇まいの照明は建築のプロからも共感を集めています。こうしたエッセンスを凝縮した空間が「THE HIRAMATSU 京都」。続いてはホテルへ移動して、建築的な見どころについて教えていただきました。



北欧家具の名作がずらりと並ぶ興石のショールーム。/1階には本格的な茶室が誂えられており、照明の雰囲気を確認できる。/日本の伝統を支える技術力に、興味津々。
伝統を紐解き、調和をもたらす仕事
「THE HIRAMATSU 京都」において中村外二工務店が担ったのは、伝統的な京町家に込められた想いを読み解きながら、現代のホテルとして必要な機能を丁寧に織り込んでいくこと。数寄屋建築には「既存を主、新設を従」とする考え方があり、新たに加えられた部分は控えめに設えられ、町家本来の佇まいが主役となるよう計画されています。とくに、明治期に建てられた表屋や蔵といった既存建築を活かし、生活の痕跡を印象的なホテルの顔に仕立てた「走り庭」などは白眉の仕上がり。「照明設計も重要で、照明家の豊久将三さんによるライティングによって『おくどさん(炊事場)』の印象が大きく変わった」と、吉田さんは説明します。敷地内には松をあしらった「風の庭」と竹をあしらった「光の庭」という性格の異なる二つの庭が配され、光や風、視線の抜けを導く役割を担います。建築と庭、内部と外部を切り分けるのではなく、行き交う人の動きや時間の流れまで含めて一体として考える。この「庭屋一如」の思想によって、ホテルに足を踏み入れた瞬間から静かな和らぎを感じます。



いわば家族のための空間だった「走り庭」は印象的なアプローチに変身。/静かなときの流れを感じる「風の庭」。/伸びやかで軽快なリズムを感じる「光の庭」。
ひとさらの文脈
「THE HIRAMATSU 京都」が竣工したのは2020年のこと。今回、改めて館内や庭を眺めながら中村さんは「掃除も行き届いているし、丁寧に手入れもされている」と、感慨深そうな表情を浮かべます。今回の取材にあたって昨年TOTO出版から発売された「中村義明の仕事」を拝読しました。数寄屋建築というものがどういうものか、日本の空間に対する精神性を理解するうえで大変参考になる一冊です。とりわけ、見習いの職人に掃除の仕方から教えるというくだりに感心しました。日本語では清潔であることを「きれい」というように、美しさの中に清潔感が内包されていることに気付かされます。「建物はあくまで器であり、主人のもてなしが映えてこそ良い空間に仕上がる」という中村さんの言葉が胸に響きます。
中村義明さんが「THE HIRAMATSU 京都」について話している貴重な動画もあるので、こちらもあわせてご覧ください。
動画はこちら。
次回の後編では、客室や二つの庭などの共有スペース、そして「割烹 いずみ」など、6年の歳月を経て円熟味を増した建築としての見どころについてご紹介します。
読むひらまつ。編集部 飯田健太郎



見た目にも美しく、繊細で濃厚な味わいのひと皿。
空間への想いを聞き、仕事場への愛着も一層湧いてくる。
モダンな印象ながら、親しみやすい味わいが筒井らしい。
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